遥かなるハーブの物語 #01 ハーブの歴史の始まり

人々の健康に役立つ薬草であるメディカルハーブ(以下、ハーブ)は、古代から医術とともに実用されてきました。現代の私たちにとって、ハーブの有効性はどれほど確かなものなのでしょうか。それは、植物と人間による叡智が何千年もの時を経て今もなお残されているという事実にあります。

古代のハーブ医学にまつわる歴史を辿ってみると、人類としてハーブの経験と知識をいかに豊かに蓄積し、植物・自然とのつながりを築いてきたかが分かります。

もくじ

人の癒しになくてはならない植物

古来より人々は病気や怪我をすると、自らを癒す植物を自然界の中に探し求めました。ときどき毒にあたりながらも、経験による薬用植物の知識を子孫へ伝承していたのではないかと考えられています。

医療も薬もない太古の時代、書物はもちろん文字さえもない大昔に先人たちが身の回りの植物をどのようにして活用していたかを知るのは難しいことです。

医術と呪術を束ねるシャーマンが病人のための祈りや自然界との交流に植物を使い、あるいは何万年も前の埋葬地で死者に花が手向けられていた形跡があったと言われています。これらのことから、原始的な人々にとって植物はヒーリング(回復、治療、癒し)に用いるものであり、病を癒す象徴的な儀式において大切な存在であったに違いないと考えられます。

古代エジプトの古文書とハーブ医学の起源

歴史を紐解くと、少なくとも紀元前2000〜3000年の古代エジプト文明の時代には薬用として植物が使われていたことが明らかになっています。

ハーブ医学の起源を知ることのできる貴重な古文書の一つが、『エーベルス・パピルス』です。
エジプト人がナイル川流域に茂る植物を材料にした紙には、約700種類のハーブについて記されていました。たとえばアロエ、ガーリック、ジュニパー、コリアンダー、ザクロ、タイム、ヨモギ、ミント。その使用方法が述べられているようです。

現代の私たちが慣れ親しむハーブが、古代エジプト時代から使われ続けてきたものだとは驚くばかりです。

古代ギリシアのハーブ医学

ヒポクラテスは、紀元前400年頃に活躍した古代ギリシアの最も著名な医師です。それまでの医術は直感的で呪術的でしたが、彼によって論理的で科学的な医術の基盤がつくられました。

古代ギリシアでは、世界は4つの要素(地・水・火・風)で構成されると考えられていました。ヒポクラテスは、健康とは自然界を構成している要素と同じように人間を構成している基本要素のバランスが維持されることにあると考えました。そして人間は4つの体液(血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁)からなり、それらのバランスが崩れると病気になるという「体液病理説」を唱えたのです。

ヒポクラテスは健康を保つために重要なのは、新鮮な空気、良い食事、運動であると説きました。そして4つの体液の全体的なバランスの回復のために、約400種類のハーブを使用しました。

薬草医学の教本『マテリア・メディカ / 薬物誌』

ハーブに関する書物で重要なのが『マテリア・メディカ / 薬物誌』です。西暦60年頃にディオスコリデスという医師がまとめた薬草本です。

ディオスコリデスはローマ皇帝の軍医を務めながら、約600種類の薬用植物を含む情報を一冊にまとめました。植物は形状、特性、芳香、使用部位によって分類され、パセリ、フェンネル、ニガハッカのような現代でもよく知られているハーブも数多く登場します。

また同書には香水に用いられた芳香のあるハーブとその医学的特性が述べられています。たとえば、バジル、コリアンダー、ニンニク、マジョラム、ミント、ローズマリーなどです。

『マテリア・メディカ』はのちの1500年間にわたって歴史的に価値のある植物学・薬草学の古典となりました。複写本である『ウィーン写本』は現代の私たちも目にすることができます。ギリシア語で書かれ、400種近い植物の彩画が描かれています。
(東京・清瀬市にある明治薬科大学の資料館で見学することができます。)

ハーブによる医学体系とハーブ製剤

もう一人の有名なギリシア人医師がガレノスです。彼はヒポクラテスの思想である四体液説を受け継いで医学をより体系的に築き上げました。

さらに、4つの気質(熱・冷・乾・湿)が健康に影響すると考えました。500種類以上のハーブを利用してつくられた数多くの製剤は「ガレノス製剤」と呼ばれています。

ガレノスの生命についての根源的、哲学的な思想は、中世の医学やアラビアの医学に大きな影響を与えます。こうしてヒポクラテスを代表とする古代ギリシアの医師たちの功績が、中世のハーブ医学へとつながっていくのでした。

生き残ったハーブの知恵

現代で私たちが手に取ることのできるハーブは、このような時代を超えたいわば壮大なる人体実験によって受け継がれた知恵です。もしハーブが人が生きることに役に立たないのならば、時代に淘汰され、医療に使われることなどなかったでしょう。

先人たちが築いてきた医術とハーブの豊富な経験・知識に敬意を表し、人類の歴史とともに受け継がれてきたハーブに信頼性を持ちたいものです。

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