遥かなるハーブの物語 #02 アラビアの医学と錬金術

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ギリシア医学とアラビア医学の合流「ユナニ医学」

ハーブと医学の発展は、歴史的・文化的な時代背景と密接に関わっています。

5世紀、ローマ帝国が滅びたとともに科学や哲学をはじめとする学問の中心は東方へと移り始めました。

10世紀になると、それまでの医学の中心であったギリシア医学はイスラム圏のアラブ人たちによって受け継がれました。ギリシア医学とは、体液病理説を土台とするヒポクラテス思想をガレノスが集大成した古代医学。それにアラビアの伝統医学や古来のエジブトの知識が融合し「ユナニ医学」となって発展しました。

ユナニ医学は、中国伝統医学やアーユルヴェーダ医学と並び世界三大伝統医学の一つ。現在でもインドやパキンスタンの国々に残り、実践されている伝統医学です。

ヒポクラテスの教えは今日も生きている

ヒポクラテスが唱えた体液病理説とは、「人間を構成する4つの体液(血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁)の調和が乱れると病気になる」という考え方です。

また食事、睡眠といった生活環境が病気の原因であり、それらの改善による予防を目指すとともに自然治癒力を重視し回復させることが治療の基本とされます。

体液にはそれぞれ性質があり、「熱・冷・乾・湿」の4要素のうち2つの組み合わせによって成ります。

・血液(熱性・湿性)
・粘液(冷性・湿性)
・黄胆汁(熱性・乾性)
・黒胆汁(冷性・乾性)

症状に対して、その反対の性質をもってバランスさせること。これが治療の基本的な指針とされました。たとえば、粘液の性質の過剰によってカタル症状(痰、鼻水など)がある場合、冷・湿に相反する性質を持つ熱・乾のハーブであるタイムやヒソップが粘液質の過多を緩めるというわけです。

反対の性質のもので全体の均衡をとるというのは「アロパシー」の考え方であり、現代の西洋医学に継承されています。このようなヒポクラテス思想を含んだユナニ医学は、暗黒時代が明けた中世ヨーロッパに再び戻り19世紀までおこなわれました。

治療に用いられるハーブについては、地中海や中近東地域の植物生薬のほか、世界各地のものが用いられました。ギリシア文化とオリエント文化が盛んになるなか東西のハーブが盛んに取り引きされるようになったのです。

アラブの貿易商人は、ナツメグ、クローブ、サフラン、センナなど多くの東洋ハーブやスパイスを東方から運びこんで人々に紹介しました。

医師・錬金術師アヴィセンナの功績

ハーブに関するほとんどの書物はアラビア語に翻訳され、当時のアラブ人医師たちによってハーブの知識がまとめ上げられました。その一人がアヴィセンナ(イブン・シーナー)という医師です。

彼は病気の性質、生薬、芳香植物、医学理論を体系的に整理し、全てを集約した書物である「医学典範」を著しました。

アヴィセンナは当時の医学を集大成するという最も重要な仕事を成し遂げ、アラビア医学の金字塔を打ち立てたのです。医学典範はのちにヨーロッパの医科大学の教科書として17世紀まで長く使われ続けました。

そして彼は錬金術師としても貢献しました。錬金術とは、隠されている自然の本質を明らかにし、自然の法則に従いながら人間にとって有用なものとして完成させる術です。錬金術作業にはたとえば灰化、昇華、分解などがあり、自然物から医薬が調整されました。

植物の「エッセンス = 精髄」を取り出す

蒸留器のミニチュア(メディカルハーブガーデン薬香草園にて@埼玉県)

アヴィセンナが研究した錬金術作業の一つが、「精油の蒸留」です。

彼は植物の芳香成分である精油(エッセンシャルオイル essential oil )を抽出するため蒸留方法を発明しました。すでに先人らが植物から芳香成分を取り出し宗教儀式などに使っていましたが、技法としてはまだ確立していませんでした。そのため、彼が編み出した精油の蒸留方法はとても画期的な発明となりました。

蒸留とは、液体の混合成分を蒸発させ、気化した目的の成分を冷やして凝縮し、再び液体にすることで成分を分け、一つの目的の成分を抽出する方法です。すなわち、アヴィセンナは植物に含まれる全成分うち芳香成分である精油だけを取り出すことに成功しました。ちなみに最初に実践材料として選ばれたのは、花の女王”ローズ”だったと言われています。

アロマセラピーで用いる精油(エッセンシャルオイル)は、まさに自然・植物の精髄。精油は錬金術の中で生み出され、効率性を求めるためではないというところが植物療法の本質ではないでしょうか。

人間の手による錬金術によって精油が完成する。そこに自然物による医術的な意味があるのだと思います。

essential ; 本質的なもの、この上ない貴重なもの

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