自然と調和する暮らしになくてはならないもの。その一つが精油(エッセンシャルオイル)です。精油は植物の芳しい香りであり、宇宙の、植物の生命力そのものです。
心身の調和のために私たちはなぜ精油を用いるのでしょうか。自然界の植物を由来とする精油は人工的に合成された香料と比べて何が違うのでしょうか。
古代の人々にとっての植物の香りの意味、不老不死の秘薬を求めるプロセスをたどってみたいと思います。
聖なるもの、清きもの
香りのルーツを探るならば、古代エジプト文明の時代の記憶を辿ることになります。
最も古い記録は古代エジプト文明の遺跡の壁画や、古文書エーベルス・パピルスに遺されています。植物を焚き、醸し出された煙とともにその芳香を吸い込んだり、キフィと呼ばれる芳香植物を原料にして作られた円錐形のお香のようなものを頭の上において全身に燻らせたりしていました。
これは薫香(くんこう)と言われ、非常に貴重で神聖なことでした。芳香とともに天に向かって煙を立ち昇らせることは、神々の領域への道なのです。私たちの祖先にとって、香りは神の象徴であり神聖なものだったのです。
神に捧げ、心身を浄化し、悪霊を追い払い、礼拝や葬儀などの祭典や宴のために香りは必要不可欠なもの。とりわけフランキンセンス(オリバナム、乳香)の樹木の香りは最も重要なものでした。
またミルラ(マー、没薬)の樹木の香りもエジプト時代から有用されています。不滅の魂が再生するための器であるミイラを永久保存するために芳香のある植物が使われました。
第五精髄(quinta essentia クインタ・エッセンティア)を求めて
精油(エッセンシャルオイル)は、たとえばラベンダーやローズマリーのような芳香植物を「蒸留」して取り出されます。
蒸留とは、ある混合物を熱して一部の液体を気体に変化させ、それを冷やすことで純粋な液体を分離して得る方法です。
この蒸留の技術は、知の伝統である錬金術と深い関わりがあります。錬金術はエジプト時代の文化遺産として生まれ、のちにイスラム世界で大きく花開き、ヨーロッパへ伝わっていきました。
錬金術の目的の一つは、不老不死の秘薬「エリクシル(elixir)」を見つけ出すことです。その主要な方法が蒸留で、植物、動物、鉱物など自然物のあらゆるものが蒸留器にかけられました。
このエリクシルを探求する過程で生まれたのが精油です。精油と同時に芳香蒸留水も抽出されます。
ところで、当時の宇宙観として世界は土、水、空気、火から成るものと考えられていました。そしてその四大元素の外側に星々の領域である天界が存在し、不変の要素として五つ目の元素があると想定されました。第五の元素は、自然界における生命の誕生と存続に深く関わっている本質的なものです。
蒸留によって不純なものを分離して得られる最も純粋な産物である「生命の水」こそが、地上界と天界とを結ぶ第五精髄(quinta essentia)つまり自然物に秘められた真髄である。錬金術師らは植物の生命力の精髄を見つけ、それをエッセンスすなわち精油(essentice、essential oil)と名付けたのです。
精油は私と自然を結ぶ
考古学や錬金術の観点から言うならば、植物の香りは自然界の神聖なる生命の本質です。それが人間の心やからだと響き合い、魂や霊性を含めた全体的な調和をもたらすのではないかと私は考えています。
精油は、自然すなわち私たち人間の本質とのつながりが成された時に完成します。香りという刻印を示した植物の中に私たちはそれを見出すことができます。
精油の持つ植物の個性を表すような生気あふれるエネルギーやバイブレーションは、人工的に作られた合成香料には存在しません。
心身ともに健やかに、より調和的に生きるためになくなてはならないもの。それが精油という植物の生命力の真髄である香りなのです。