ヨモギは、冬ごもりが明けて春の芽吹きに向かう時期に心身の浄化を促すにふさわしいハーブの代表格です。桜舞い散るなか野原に出向き、摘んだばかりのヨモギを手間ひまかけて「よもぎ餅」にしていただきます。すると心待ちにしていた春がからだの中でようやく始まったような気がします。
よもぎ摘み
ヨモギは最も親しみやすい薬草の一つです。3月〜5月のあいだ、野原や土手などで群になっていることが多く、探せばすぐに見つけることができます。
ヨモギの特徴は葉の形と香り。葉の大きさは5〜10cmほどで、羽のような形状は春菊に似ています。見分けのポイントは、裏側の綿毛が密になっていて薄い灰色であること。さらに苦味のあるヨモギ特有の香りを確かめることができたら、新芽の柔らかい部分のみを摘み取ります。
ヨモギはキク科の多年草で種類がとても豊富です。日本ではヨモギ、ニシヨモギ、オオヨモギが代表的で、合わせて約30種あるとのこと。アジア、ヨーロッパ、アメリカ、アフリカなどにも自生していて、世界には約250種あると言われています。
ヨモギの仲間のうち、どの種なのかは近縁種のため見分けがつきにくいです。それでも葉の特徴の微妙な違いと生育地から類推することができます。現在私が住む地域(関東)で手にしたものはおそらくprinseps種(Artemisia princeps)で、和名がヨモギ。英名でマグワートと呼ばれるvulgaris種の近縁種ではないかと思われます。
ところで沖縄ではニシヨモギ(Artemisia indica)が多く自生しているそう。以前に沖縄へ訪れたとき、昔からフーチバーと呼ばれ家庭料理として振る舞われてきたと聞きました。
人の役に立つ薬草は、人里離れた山奥ではなく私たちのすぐ手の届く場所に生えていることが多いものです。そして食として経験値の積まれた薬草は比較的安心なものです。
心身の浄化と月の巡り
ヨモギの特徴と言えばその強い苦味です。苦味は消化器系を刺激し、解毒を促します。体内の余分な水分を排出し、血液の流れを良くします。漢方生薬では艾葉(がいよう)と呼ばれ、ヨモギの葉を乾燥させて裏側の綿毛を固めた艾(もぐさ)が作られます。これを経穴(ツボ)の上で燃やしてお灸がおこなわれます。
ヨモギを煎じたヨモギ茶は、からだを温め発汗作用や利尿作用があるため風邪に良いとされます。また消化を促し胃腸の調子を整えます。腹痛、頭痛、歯痛など、日常でよくある痛みにも適しています。
ヨモギ風呂はあせもなどの皮膚の不調、リウマチ、神経痛、肩こりなどに良いと言われています。
西洋でもヨモギ属の草は古くから病や災厄から身を守る強力な薬草とされてきたようです。ヨモギ属の学名であるArtemisiaは女性のための優れた薬草であることを暗に示しています。ギリシア神話の月の女神「アルテミス」が守護神として女性を見守っていることを感じさせます。
ヨモギ(A.princeps)の近縁種であるマグワート(A.vulgaris)は古代から月経不順や月経痛などの女性特有の変調を整え、受胎や分娩を促す力があるとして用いられてきました。17世紀に活躍した植物学者ニコラス・カルペパー氏によると、金星と結びつきがあり女性の感情と関係する言われています。
春の色と香りを写す「よもぎ餅」
市販の乾燥ヨモギではなく、自らの手で摘んだ色鮮やかで香り高いヨモギから作る「よもぎ餅」は、春ならではの特別な味です。摘んだばかりのヨモギの天ぷらも春の季節の最高の贅沢ですが、それでもやっぱり一番はよもぎ餅でしょう。うちのジュニア(小学生の息子)も天ぷらよりよもぎ餅を好んで食べています。よもぎあんパン、よもぎのパンケーキ、よもぎのカステラももちろん美味しいですが、色々なよもぎ料理を一周して帰する所はいつもよもぎ餅なのです。
日本では弥生の節句(ひな祭り)に穢れを払うために草をつき入れた餅を食べる風習が古くからあります。当初は春の七草であるゴギョウ(母子草)だったようですが、縁起の理由で次第にヨモギが使われるようになったとのこと。
それに加えて、春によもぎ餅を食べるのは、ヨモギの独特の若草色と青く潔い香りが冬ごもりで滞留したエネルギーを私たちの暮らしから一掃し、新しい春を運んでくれるからではないかと私は思っています。
採集したヨモギをすり鉢ですり潰す作業はなかなか根気が必要です。欲張って大量に摘んでしまった日には覚悟しなければなりません。ペースト状にしたそれを蒸した餅と合わせる時も力が要ります。
手を動かす原動力は、よもぎ餅のあの美しい新緑の色と、あんこの甘さと苦味の絶妙な調和を想像すること。そして家族にも喜んで食べてもらいたいという気持ちを鼓舞することです。
レシピ「よもぎ餅」
【材料】(小さめ12個分)
・上新粉 70g
・白玉粉 30g
・きび砂糖 15g
・ぬるま湯 約80cc
・ヨモギ(下茹で後) 20g
・粒あん 適宜
【作り方】
1 ヨモギを丁寧に洗う(茎の固い部分は取り除く)。鍋にお湯をたっぷり沸かし、ヨモギを入れて1分間茹でたのち、水に10分ほどさらした後で水気をよく絞る。
2 上新粉、白玉粉、きび砂糖を混ぜ合わせ、ぬるま湯を加えてこねる。(耳たぶの固さ)
3 蒸し器に生地をいくつかに分けて並べ、強火で約20分間蒸す。
4 下茹でしたヨモギを包丁でみじん切りにして、すり鉢でする。
5 あんこを丸める。
6 蒸しあがった生地にヨモギを入れてつき混ぜる。
7 生地を等分して丸く平らにし、あんこを包む。
【美味しく作るポイント】
*ヨモギは摘んですぐに使います。
*ヨモギのアクを抜きつつ風味を損わないようにするための秘訣は、茹で過ぎないことと水にさらし過ぎないことです。
*(上新粉+白玉粉):ぬるま湯:ヨモギ=5:4:1 の割合です。ヨモギの苦味をより楽しみたい場合の割合は1.5〜2まで。あんこの甘さ加減によって調整するとよいです。
*あんこも自家製で作るとより美味しいです。我が家ではヨモギ摘みをする日は必ずあんこを炊きます。